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『ジャナ研の憂鬱な事件簿』感想

酒井田寛太郎『ジャナ研の憂鬱な事件簿』全5巻を一気に読んだので軽めに感想書こうと思います。ネタバレありです。

 

『ジャナ研の憂鬱な事件簿』(2017/05/23)

 

「ミステリだから」という理由でこのシリーズを手に取るような人間であればまず感じるであろう「古典部+小市民」っぽさ。でも「っぽい」のは表面上の感じだけで中身はこの作者ならではのものになっているのが1巻の時点で明らかなのが良いですよね。実際2巻以降は「っぽさ」も一気に薄れています。

 

「ノート消失事件」:この一篇だけでこの作者とシリーズを信頼して最後まで追いかけてみよう、となった短編*1。なにが良かったってめっっっちゃ地味な論証を一歩ずつ丁寧に書いているところ。ミステリのために必要だと作者が感じているのであろう手続きから逃げていない。地味なんですけど。この話読んでて「あっこの作者はミステリに誠実であろうとして面倒くさいことまで考えるタイプだな」と思い、それが嬉しく感じられたので。真相の一部に『遠まわりする雛』所収の某編を思い出さないでもない。

 

「聞こえない声を聞かせて」:真相がわかってから暗号解読するあたり近年の本格ミステリ仕草って感じがします。

 

「負けた理由」:他の短編と重なる要素(とくに心理面において)を書くことで差異を印象的にする手法、1巻から使われていたんだなぁとぱらぱらと読み返して思いました。

 

「さようなら、血まみれの悪魔」:人間心理のキマイラを1巻から書いていたんだなぁと略。これはシリーズ全体の通奏低音な気もしますが。難点は、私があの童話のストーリーを知らなかったこと。

 

 

『ジャナ研の憂鬱な事件簿2』(2017/10/23)

 

耳なし芳一の夜」:事件の真相より「耳なし芳一」の解釈の方が面白かったんですが、金勘定などの細かい違和感(伏線)の配置と回収は上手いと思います。この短編に限らずシリーズ全体で見てもそういう、真相より伏線の方が面白い箇所がいくつかあります。真相が面白いのは発想力の賜物*2ですが、面白い伏線を書けるのは小説が上手いかミステリセンスがある*3かだと思います。

 

「手紙」:「犯罪説」と「囚人説」の距離が近すぎるというか、「犯罪説」で前提として逃亡犯だけを想定させるのはちょっと厳しいと思います。

 

「キマイラの短い夢」:探偵役のバックボーンたるトラウマ事件を2巻にして解いてしまうのか、と少し驚きました。解いてなお楔であり続けるのも珍しい気がします。

 

 

『ジャナ研の憂鬱な事件簿3』(2018/03/25)

 

巻単位で考えると3巻か4巻がベストで、ミステリ短編集としては3巻、ラノベミステリシリーズとしては4巻が上だと思います。

 

「自画像・メロス」:人物像の反転……とまではいきませんが、絵画に別な意味が加えられる瞬間がとても鮮やかです。芸術作品の優れた解説に触れて視界がひらけるあの感覚。

 

「鬼の貌」:犯人を疑う端緒の気付き、伝承と真相のアナロジー、姉、とミステリ読みが喜ぶ三要素が全て一定以上の水準でまとまった良作。姉の姉っぷりがとても姉でほんとうに素晴らしいので姉ミステリ好きにおススメです*4

 

「怖いもの」:感触としても扱い的にも手品のトリック当てはおまけに近い要素で、メインは探偵役のバックボーンに関わる話その2。この「怖さ」の手触りを知っている読者はこのシリーズのことも気に入るでしょう。

 

 

『ジャナ研の憂鬱な事件簿4』(2018/08/22)

 

「金魚はどこだ?」:シリーズ全話の中でロジックが一番キマッている短編。金魚鉢を盗んだ理由としての「喫煙と火」の導出は学園ミステリならまあ妥当な真相だよなの範囲ですが、そこから「なぜ筆洗いの水を使わなかったのか?」という盲点を突く問いが立てられ、主題である金魚消失に帰ってくる流れがお見事です。

 

「スウィート・マイ・ホーム」:それでも話さなかったことは間違いじゃないと思います。そもそも誰に何を伝えようというんですか。関係者たちは当然「真相」を知っていて、それを秘めているのは自らの意思で、それ以外の外部に真相を託すのはともすれば告げ口で。この事件に対するスタンスで探偵役を攻めるのは酷というか、議論がかみ合ってない感じがします。また、5巻で扱われる事件は性格が異なっているので、あれらへの対応をもってこの事件で生じたわだかまりの回答とするのも、なんか違う、と思います。

 

「ジュリエットの亡霊」:この真相を幽霊騒ぎの謎に仕立てるのがまず上手く、タイトルの重みが増していくような解決編も良かったです。

 

 

『ジャナ研の憂鬱な事件簿5』(2019/02/24)

 

「ロシアン・ウィスキー・ホーリーナイト」:とくに気にせず読んだけど言われてみれば学園ラノベミステリでいきなりぶっこんでくる題材ではない……ヒロインが救済される物語であったことが判明するラストがとても印象的です。

 

「消えた恋人」:ちゃんと考えてないので問題ないのかもしれませんが通話が日本語でなされていたのが気になりました*5

 

「ジャナ研の憂鬱な事件簿」:啓介と真冬との関係、4巻で書かれたわだかまりの解消などといった点について消化不十分というのが正直なところです。この二人の関係の着地点がこうなるのはなんとなく納得するんですが過程をだいぶ省略されてしまった感じ。

 

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・全16編。「憂鬱な事件簿」のタイトルに偽りなく、基本的には日常の謎を扱う学園ミステリでありながら徹底して「人が隠したもの」を暴く話ばかり並んでいるのがすごい。

 

・全編を通して人の心の動きと推理が丁寧。矛盾する人間心理(キマイラ)を正面から持ち込んで納得のいく真相とさせるのは技量のいることだと思うけどどの作品でも失敗していない。

 

・探偵が推理の暴力性に悩むためにはその推理が正しいと探偵自身が信じられなければならず、それを演出するための地歩を固めていくような丁寧な推理描写でもあったと思うのだけど、全巻一気に読んで振り返ってみてもまー面倒なテーマを扱ったものだと思う。新人がデビューシリーズでやることなのか。いや新人だからこそ熱を持って全力で扱えるテーマか……? ミステリが好きな人間しか悩まないようなテーマで、シリーズを通してこのテーマと向き合い続けた作者のミステリへの愛と誠実さは信頼できると思う*6

 

・一方で、真相自体の飛距離がほとんどないのは気になる。私が真相に少なからず意外性を感じたのは「自画像・メロス」「鬼の貌」の2作だけで、真相のおおよその光景が自然と見抜けてしまう作品が多かった*7。真相の衝撃に頼らない短編ミステリが書けるのはかなりの強みだけれど、驚かせてほしい気持ちもだいぶ強く残った。

 

・ところでなぜこのタイミングで「ジャナ研」を一気に読んだかというと、前から気になっていたシリーズだというのもあるけれど、直接のきっかけは作者の方が早川書房で新作出すんじゃないかという電波を受信したから。

*1:全5巻買い揃えてはいたんですが、ひと息に読むモチベはこの話で得た信頼によるところが大きい

*2:である場合が多い

*3:「発想力の賜物」との差はなんだ? すぐに言葉に直せませんが差はあると思うので、あります

*4:姉ミス界隈には「死んでいる姉だけが良い姉」という巨大勢力も存在しますが……

*5:「ちゃんと考えてない」は言い訳ではなくそもそも真相が見抜きやすくわりとどうでもいいのでその点について問題があろうがなかろうがどっちでもいいっちゃいいという気持ちからくる表現

*6:これは自分語りですが私がかつて悩んで連作短編にして消化したテーマと重なるところもあって、「ジャナ研」作者の態度を肯定したいのはつまり自分を肯定したいんじゃないかと問われたら、否定できない

*7:おそらくは、類型の範囲にとどまる真相が多いのと、テクニカルな伏線が盛り込まれているのとは別に真相の外郭に直結する手掛かりの配置が露骨気味だったのが原因